American Greatest Hit Series > Part2 : Paul Anka
『ポール・アンカ』

「ダイアナ」で始まり、「君はわが運命」に酔いしれ
「マイ・ウェイ」の余韻が胸を熱くする・・・
Paul Anka(ポール・アンカ)

シンガー/ミュージシャンとしてNo.1の地位を確立しているポール・アンカ。
その栄光のキャリアには1957年に「ダイアナ」が全米1位の大ヒットを記録し、人気アイドル・シンガーとして登場したことから始まります。そしてこの「ダイアナ」は、149ものアーティストによるカバー、10ヶ国語に渡るヴァージョンで録音され、全世界でトータル1000万枚以上もの売上を記録しました。
これを筆頭に彼の総レコード売上となると実に1億3千万枚を越えています。
アイドル・シンガーからスーパースターへと華麗なる転身をとげ、これほどの成功を収めることができたのは、後にも先にもポール・アンカただ一人です。

ポール・アンカはソングライターとしても、その才能を発揮しています。

ポール・アンカ バイオグラフィー

1941年7月30日、カナダのオタワ生まれ。
10歳の頃からショーやラジオで歌い、若干13歳にしてハリウッドへ渡り、レコードを発売。
16歳の時にあの「ダイアナ」を歌い、アメリカに先駆けて日本で空前の大ヒットを記録する。当時はまだ自作自演の歌手が大変珍しい時代であった。その後はシンガー/ソングライターとして活躍し、世界的なアーティストとなる。フランク・シナトラ亡き今は、最高のビッグ・エンターテイナーとして君臨し、精力的に活動を行なっている。
まさに今世紀のアメリカを代表するシンガー/ソングライター/エンターテイナーと呼ぶに値する存在である。

Paul Anka & His Orchestra

1999年
6月30日 福岡 アクロス福岡シンフォニーホール
7月 2日 大阪 フェスティバルホール
7月 3日 広島 郵便貯金ホール
7月 4日 高松 香川県民ホール
7月 6日 静岡 静岡市民文化会館 大ホール
7月 7日 名古屋 愛知県芸術劇場 大ホール
7月 8日 松本 長野県松本文化会館 大ホール
7月10日 仙台 仙台サンプラザホール
7月11日〜13日 東京 Bunkamuraオーチャードホール
ポール・アンカが他のアーティストに提供した楽曲は、その総数が800曲以上にも及び、ヒット・ナンバーだけでも53曲を数えることができます。その中でも特に有名なものとしては、引退の意向を漏らしていたフランク・シナトラのために詩を書き上げた「マイ・ウェイ」や、トム・ジョーンズの代表曲「シーズ・ア・ レイディ」などがあります。それ以外にも彼が楽曲を提供したアーティストは、アンディ・ウィリアムス、エルヴィス・プレスリー、バーブラ・ストライサンドから日本の田原俊彦までと多岐に渡っています。
またマイケル・ジャクソンなどの時代の先端を行くアーティストとも共演を行っています。
彼が生み出す楽曲、そして彼自身に対して今でも絶大の信頼を寄せられているのです。

ポール・アンカは今でもラスヴェガスをホーム・グラウンドに積極的にコンサート活動を行なっています。
ラスヴェガスの高級ホテルでコンサートを行なうことはキャリア、名声ともに申し分のない一流ミュージシャンのみに許される特権で、全てのミュージシャンの憧れでもあります。
ポール・アンカはそこで素晴らしいショーを披露し、最高の人気、集客を誇っています。
その他にも、全米各地の超一流ホテルのディナー・ショーなど年間100回を越える数のショーを行っており、その会場には各地から多くのファンが詰めかけ、満員に膨れあがった会場では永遠の名曲が甦る感動のステージが連日連夜行なわれています。